むかしのきょう、今から67年前の1958年、新宿伊勢丹で初めてバレンタインチョコが発売された日。

結構歴史ありますね。
発売したのはメリーチョコレート。
創業者の原堅太郎は一度失敗した事業を再開し、メリーチョコレートを設立。それが1952年。
次男の原邦生が、パリのバレンタインデーの風習を知り、チョコレートの販売と結び付け、1958年にイベントをしました。
が、誰も知らないバレンタインデーの風習で、まったく売れず大失敗。
しかし、翌年「to」と「from」を書き込めるようにしたハード型のチョコレートを販売。これが話題をよび、その後徐々にバレンタインデーが浸透したとのことです。
そうか、若いころ一喜一憂させられたのはメリーのせいか(笑)
バレンタインデーの思い出は1つだけすごく覚えているのがある。
高校3年生の時だった。
ということは、もう卒業まじか。
わたしのころは、同年代の人口が多い、最後のピーク。
なので、正直三流大学でもかなり倍率が高く、遊び惚けていたわたしは全くダメ。
浪人はほぼ決定していたころ。
大学には行きたかった。学歴云々もあるけど、なんか好きな勉強ができるというのは魅力だった。実際その後入った大学では結構成績よかった(笑)
話を元に戻す。
そのころなので、周りも受験の真っただ中。正直まわりでバレンタインデーの感じはしなかった。付き合っているカップルくらいで、その時に告白する女子(学生時代の話なので男子女子とします)はいなかったでしょう。
たまたま帰りの電車で、同じ駅で降りる女子といっしょになった。
いつもはバスで帰るのだが、なぜだかその日は電車にした。
たまたま一緒になり、仲は普通に良かったので、いろんな話をしながら帰った。
電車の中吊り広告でバレンタインデー関連のものも多く、何の気なしに、
「高校三年生の今はバレンタインデーどころじゃないよね」
なんて話をした。
「今年はもらっていないの?」と聞かれたので、
「ないです。。。」と答えた。
男女共学の高校で、しかも高校の場所がとても素敵な場所にあるので、ここで彼女を作らないのはおかしい!という感じの学校だったが、男子連中と遊ぶのが面白すぎて、まったくなかった。もちろん、好きになった女子はいたけど、告白は1回くらいで、しかもフラれた(笑)
駅に着き、電車を降り、改札を抜ける。
彼女は北、わたしは南なので、
「じゃあね」と声をかけたら、彼女は「ちょっと待って」と言って、キオスクへ走っていった。
キットカットを一つ買い、
「はい、かわいそうだからあげる」とわたしに渡してくれた。
「え、うそ!うれしい!」というと
「義理だからね。まさに義理!」と彼女は真剣な顔で言って、ちょっと笑って、大きく手を振って北へ向かった。
ちょっと美化しているかもしれんが、この時のチョコレートが一番印象深いな。
もちろん、その後に付き合った人や、今のかみさんや、娘からもらうチョコレートもすごくうれしい。が、あの甘いのに甘酸っぱいチョコレートはすごく覚えている。
いまは、告白でバレンタインデーにチョコをあげることは少なくなった、という話はよく聞く。
メリーチョコレートが始めた、日本独自の文化になったけど、思えば捨てたもんじゃないな。
この時のチョコレートは「義理」だけど、「本気」があるから「義理」があるし、「義理」は何にも気持ちがないわけではない。
だって「義理」ってすごく重いじゃん。もらった側だけかもしれないけど。
「義理」だもん。本当にうれしかった。
けっきょく、40年近く前の思い出なのに甘酸っぱい。