お盆休みに行ったところ。
この前はなかなか行かない地元の博物館に行ってみました。
無料にもかかわらず、なかなか見ごたえのある、とても良い博物館でした。
施設は古いですが、博物館の人たちが頑張っているのがよくわかりました。
上野とかもすごいけど、すごすぎておなか一杯になりますが、地場の博物館はゆっくり見れますね。
さて、今回はその後日行った平塚の洋館の話です。
平塚八幡宮の由来などなど
まずは平塚八幡宮へ。
駅から徒歩10分はかからないかな。
国道1号線を渡ると大きな森が見えます。

この日はお盆真っただ中。例大祭の日でした。

こういう服、さすがに暑いでしょうね。
ご苦労様です。
八幡宮は大分県宇佐神宮が総本社で、八幡神(応神天皇)を祀る神社になります。
応神天皇は15代天皇で、111歳とか130歳まで生きた、と言われています。
八幡宮は主に武家の信仰を集めた、武家の守護神で、応神天皇の次の天皇である仁徳天皇が380年に建てられたとのこと。
その後、戦国時代で荒廃し、徳川家康が復興させ、平塚の町は大変にぎわうようになったそうです。
いまは国道1号線がバイパスのように曲がり、八幡宮の正面に来たため、参道が切れてしまいましたが、大門通は平塚商業の中心だったそうです。
よく行く角打ちも、練り物屋さんも大門通にあります。
8/23と9/13には夕暮れ酒場というお祭りがありますので、ぜひ。
www.city.hiratsuka.kanagawa.jp
太平洋戦争の大空襲で再度焼けてしまいましたが、戦後復旧しました。
ちなみに平塚七夕祭りも戦後5年後に開催された「復興祭り」が始まりになっています。

ハトも暑そうです。

あひるも日陰にいます。

お祭りの準備が進んでいました。


池にも舞台ができ、風鈴が並び涼し気ですが、灼熱でした(笑)
八幡山の洋館


国の有形文化財に登録してあります。
明治に、平塚に設置された海軍の火薬製造所ができました。
海軍とイギリスと3つの会社の合弁会社「日本火薬製造株式会社」が運営しました。
かなり広い敷地だったそうです。
そのイギリスから来る技術者や要人の休憩所として建築されたのが最初とのこと。

裏側に行くと事務所がありました。
この洋館は現在平塚市の持ち物で、部屋によっては借りることができるそうです。
見学者はわたしだけでしたので、冷房を付けてくれましたが、中に入るとすっと涼しい感じでしたね。

見学のみの場合は無料です!ありがたい!
第1会議室

事務所から入ると右側。東面の広い部屋です。

グランドピアノがあり、これも借りることができるそうです。
ダンス教室とか、合唱のグループが借りることが多いそうですね。
バンドは無理か。

素敵な照明。東洋と西洋が混じっている感じですね。

壁の照明も素敵です。
第2会議室
第1会議室の向かい。西側の部屋。


調度品などは当時のものではないそうですが、似たものを使っているようです。
板の色がいいですね。

こちらの照明も素敵です。
銅ですかね。飴色になっているのがいいな。
応接室
奥の部屋です。


暖炉もあります。下のタイルがいいですね。




カーテンは重厚です。応接室ということで、ちょっと重いというか、格式ありそうな柄ですね。
展示室
当時のものや移設の記録があります。
この洋館は、戦後米軍に接収され、その後横浜ゴムに移り、横浜ゴムの接待などに使われました。
2004年、横浜ゴムから平塚市に寄贈され、その際に解体、移設をされました。




かなり詳細な報告書があります。
痛んでいた部分も多かったようですね。
当時の調度品なども記録されています。

写真や、当時の資料があります。



ちなみに手前には厨房もあります。さすがにキッチンは新しいものですね。
タイルや窓はいい感じです。
バルコニー



いまは灼熱ですが、涼しくなったら庭を眺めながらティータイムを楽しめそうですね。
ちょっとアメリカチックかな。
この洋館では定期的にコンサートなどのイベントが行われています。
見学がてら今度行ってみようかな。
けっきょく、こんな広いバルコニーは広い庭があればいいなぁ。